メールマガジン『学級通信のネタ』バックナンバー
第32号
☆『与えること』こそ美しい…
バレンタインデーが近づいてきました。中学校生活最後の今年は、「何個もらえるかな、○○さんからもらえるかな…」などと、心密かに期待をしてる人もいるのではないか、と思います。
一方、あげる側の立場の人は、これまた、「快く受け取ってもらえるかな。嬉しそうにしてくれるかな…」などと一生懸命になってチョコレートを選んだり、作ったりしているのでしょう。
なんともほほえましい光景です。
ただ、『もらえなければ不幸か』と言えば、取り立てて関心のない人から見れば、「何をそんなに興奮しているの…」と、さめた目で見ている人もいます。
という一方で、もらえなかったことを大げさに悩み、苦しみ、悲しんでしまう人もいるのです。これは、なにもバレンタインデーのチョコレートばかりではありません。
男女の恋愛にしても、たいてい破局になるのは、「どうしてこんなに思っているのに、相手は分かってくれないの…」という、思いのすれ違いです。
お互いが理解できない、と言えばそれまでですが、そこには巧妙な『愛』のすり替えがあるのです。
それは、互いに、「相手から何かしてもらうことを愛だと思っている、ギブ・アンド・テイクを愛だと思っている」という点です。
本当の『愛』とは、『与えること』です。それにもかかわらず、いつしか『奪う愛』、『相手の心をしばる愛』になっているのです。
誰もが、「もらうことばかり、人からしてもらうことばかり」を求めていたら、世の中は成り立ちません。
みんなが心の底から相手のことを考えて、相手の幸せを願い、相手をよくする、相手に喜んでもらえる、そんな気持ちでいると、世の中は天国的になっていきます。
とかく人の悪い部分はよく見えます。気に入らない所を数え上げればきりないでしょう。
しかし、そんな相手の悪い部分を、いくらたくさん数え上げたところで、そこから生まれるのは『愛』とは反対のものです。『憎しみ』と言ってもいいかも知れません。
あっちでもこっちでも『憎しみ』であふれたら、世の中は地獄になります。
そうではなくて、努めて相手のよいところを見てゆくことです。確かに、人の悪い点は目立つでしょう。
でも、それをぐっと抑えて、相手のよい面を探すことです。よいところを見つけることです。こうした相手の善の部分を見つけることで、相手に対する評価や考え方が変わってきます。
それも、実は『与えている』ことになるのです。
奪う姿は醜いものですが、与える姿は美しいのです。真に相手の幸せを願って、人に尽くそう、人のためによかれと思うことをなそう、と思った人には『愛』が満ちあふれているのです。
そうした人は、男女に関わらず美しく見えます。その美しさは、外見の美しさではなく、心の中からわき起こってきた、内面からにじみ出てきた、ほとばしり出た美しさです。
今年のバレンタインデーが、そんな美しい姿で彩られる一日になることを願っています。
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