メールマガジン『学級通信のネタ』バックナンバー
第147号
☆布施(ふせ)について
お布施というと、一般には仏事(法事とか通夜とか)の時に、お坊さんに差し上げるお金のことを言いますが、もとはそうした意味ではありません。
布施とは、もともと「ほどこし」の意味で、自分の持ちものを惜しみなく他人に与え、ともに助け合い、喜び合うことをいいます。
詳しくは、布施は大きく『財施(ざいせ)』『法施(ほうせ』『無畏施(むいせ)』の3つの種類に分けられます。
財施とは「むさぼる心・惜しむ思う心・恩に着せる心」から離れて、見返りを求めずして衣食や財産などの物資を他に与えることをいいます。
宗教上の寄進などがこれにあたりますが、もっと大きな解釈をすれば、いろいろな団体への土地や金銭の寄付行為も含められるでしょう。
法施とは教えを説き与えるなど、精神面で尽くすことをいいます。お坊さんが仏教の話をするのなどがこれにあたります。
そして無畏施とは、あらゆる恐怖、不安、様々な脅え・おののきを取り除く行為をいいます。困っている人の相談に乗ってあげることと理解してもいいでしょう。
これは、どれもなかなかできるものではありません。なぜならば、どうしても見返りを求めてしまうからです。見返りを求める場合は、布施とは言いません。
ですから、神社仏閣へのお賽銭も、「こんなに入れたのだから、願いをかなえてくれないと困る…」などと思ってしまえば、その行為はまったく意味をなさなくなるというのです。
それほど純粋な気持ちがこ『布施』には必要だと言われています。
以前、「校長先生が障害者の施設でボランティアをして、幸せだった」と話をしました。
これは、自分たちが五体満足で、肉体的に不自由なく暮らせることの喜びもあるでしょうが、それよりまして、他の人に尽くすことのできる、この布施の喜びが大きかったのだろうと思います。
一人では何もできない不安を、介護を通して楽にしてあげたわけですから、布施の中でも『無畏施』を実践されたのです。頭がさがります。
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