メールマガジン『学級通信のネタ』バックナンバー
第175号
☆美しい心
駅前のスポーツジムの前が遊歩道になって、まもなく半年経ちます。広くとられた花壇には芝桜が植えられ、春には色鮮やかなじゅうたんが、穏やかな気持ちにさせてくれました。
今は、緑一色です。その遊歩道に何カ所かベンチが設置させているのですが、私は毎朝、その姿に悲しくなります。
電車を降り、爽やかな気持ちで遊歩道を歩いていると、目につくのは散乱したゴミです。昨今の公園にはゴミ箱を設置しないという方針にならってか、ここにはゴミ箱はありませんが、
コンビニ弁当の殻や空き缶、ペットボトル、お菓子の袋、煙草の吸い殻が、無惨に散らかっています。これではせっかくの朝の気持良さが台無しです。
本当に悲しくなります。夕方にはゴミはありませんから、恐らくは、夜に利用した人が、そのまま放置して行ったのでしょう。
私には、どうしてそのままゴミを置いていってしまうのかがわかりません。「ゴミ箱がないから…」、「面倒だから…」、「何も感じない…」彼らの言い訳は見えていますが、
私はもっと根本的な問題だと思うのです。
教室でも、自分のゴミを捨てられない人がいます。さすがに君たちにはいませんが、鼻をかんだティッシュをそのまま机の下に捨ててしまう高校生もいます。
机の上で工作をして、そのまま切りかすを床に捨ててしまう人もいます。問題なのは、彼らは悪いことをしていると思っていないことです。
自分たちの教室を、自分自身で汚してしまうことに何のためらいもなく、罪悪感も持たず、自分の視界からゴミが見えなくなれば、それでよいと思っているフシがあるのです。
おそらく彼らは、学校の外に出れば、公共の場を汚す人々の仲間入りをすることでしょう。
しかし、こうした人には、「間違っている!」とはっきり伝えなくてはなりません。人間社会において公共性はとても大切なことなのだ、
ということをもう一度自覚させなくてはなりません。中には、「悪いと思っているけれども、つい…」という人もいるでしょう。
弁当殻は放置しなくても、ガムは吐き捨てる、という人はいるでしょう。ガムは吐き捨てなくても、煙草の吸い殻はどこでも捨てる、という人はいるでしょう。
どこでも捨てるわけにはいかないからと、吸い殻を排水溝の人目につかないところに捨てる、という人もいるでしょう。ですが、皆同じです。心が美しくありません。
美しい心とは、自分勝手でない心です。相手のことを自分のことのように考える心です。他を思いやる心であり、人の気持ちを理解しようとする心であり、
他に迷惑をかけまいとする心であり、相手の幸せを願う心です。
君たちにはそうした『美しい心』を持ってもらいたいのです。いや、全員が、本来みんなが美しい心を持っているはずです。
しかし、その心が、何か暗いものに覆われてしまっているのです。毎日毎日を、美しい心で生活できたら、世の中はもっと平和になります。そのためには勇気が必要です。
悪を捨て去り善を取る。そのことこそ美しい心を養う第一歩です。
今日一日、君たちはどれだけ美しい心でいられるでしょうか。
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